稲葉 征夫 インタビュー

弁天町ステーションアート第三弾アーティストの一人である泉茂。1922年(大正11年)大阪市に生まれ、1940年代後半から約50年にわたり戦後の関西の芸術動向を牽引しつづけた。その作品を取り扱うYoshimi Artsの稲葉征夫に、ギャラリーの仕事や泉茂の作品について話を聞いた。


Q. いつも何と名乗っていますか?

自分からは名乗らないですね。ギャラリストやギャラリー代表、ディレクターと記載することもありますが、恥ずかしいです。(笑)
Yoshimi Artsで泉茂の作品と共に撮影された稲葉征夫(撮影:井川茉代)
《霍乱》 1992年 アクリル、キャンバス 727×609mm

Q. ギャラリーの仕事について教えてください。

取扱作家の展覧会をするのが仕事です。作家はその時々で作るものがどんどん変わっていきます。作家がその時に発表したい作品を展示する展覧会を積み重ねていくことがとても大切です。それが作家の歴史になっていきますので。

Q. 展覧会はどのぐらいの頻度でされるのでしょうか。

作家さんによってペースは違いますね。2年に一度、中には5年に一度など年数の開く作家もいます。


Q. 所属作家さんはほぼ固定されています。作家さんを選ぶ基準や大事にしていることはありますか。

感情というか、出会いですね。見た目で判断しないようにしています。無になって向き合った瞬間に、自分の中に何かふわっとした特別な感情が発生するんです。その感情が発生したら、どういう作家かよく知らなくても扱うことにしています。

 

Q. 感覚を重視されているのですね。

なぜそういう気持ちになるかを知りたくて、展覧会をやっているというのはあります。「身体」が大事なんですよ。作品は物質なので、向き合うときに人間は目で見ようとするのですが、そうではなく身体で感じるというのでしょうか。作品の前に立って、何も考えない、空っぽの状態で向き合う。そういう見方をしています。


Q. なぜ、そのような見方をするようになったのですか?

 学生時代、近所にヒンズー教の寺院があり、たまたま引っ越しのアルバイトでその寺院に訪れる機会がありました。その際に「遊びに来たら?」とお誘いを受けたんです。その頃インドに興味あったということもあり、通うようになりました。ギターを習って、お祈りをして、みんなで食事するというようなことを何年間かしていました。

 祈りというのは人間の根源を見つける方法論なんですよね。鼻から吸って口で息を吐いて、脊髄で宇宙に意識を飛ばす、というような瞑想の仕方があります。無になるというか、ものと同化するというか。僕、おかしな話してますか?


Q. 
いえいえ!とても興味深いです。第3弾アーティストのお一人である杉山卓朗さんが「稲葉さんは作家に対して愛情深い」と話されていました。

作家への強い興味がありますね。だからこそ、その作家さんや作品に興味がなくなるのではないかという不安が常にあるんですよ。自分に正直であろうとするがゆえに、次に展覧会を開催した時、自分はどう思うのかなと。ただ、今のところ実際に興味がなくなったことはありません。
不安と言っても、それほど深刻なことではないですよ。ワクワクした気持ちと両方です。作品を見て、大体はいいなと思いますし、わからないこともありますが、何年か経って「あぁ、なるほどな」となる時もあります。美術は長い時間の中で評価されるものなので、その時だけでジャッジしないようにしています。



Q. 作家さんをどうやって見つけるんですか。

卒展(芸術大学の卒業制作展)に行ったり、美術館のサテライト的なところで展示しているのを見たり、作家によって出会いはまちまちですね。お客さんの紹介という場合もあります。


Q. 作家本人が売り込みに来ることもありますか。

売り込みに来た方はほぼ扱わないですね。はじめにそれをされると、先入観を持ってしまい、感情移入できなくなってしまうんです。



Q. 取り扱いは平面の作家さんが多いですか?

様々ですね。抽象画、写実系、焼物、映像作家、立体の作家も扱っています。現代美術というのも意識していません。近代美術中心のギャラリーで勤めていたこともあったので、その延長のような作家もいるかもしれないですね。先ほど言ったように、目だけで見ないで、雰囲気を大切にしています。



Q. 作家のキャリアというのを教えていただいてもいいでしょうか。

基本的には公共の展示、つまり美術館での展示です。いくらギャラリーで展覧会を開催しても作家の略歴にはなりますが、キャリアにはなりにくい。やはり公共の展示が目安になります。ですので、水面下で美術館の方と信頼関係を築くようにしています。美術館に作品を寄贈することもあります。


Q. 取扱作家のマネージメントも担っておられるのでしょうか。

ギャラリーは美術館に作家を紹介する窓口ではありますが、美術館での展示については、こちら側から営業することはまずありません。美術館の展覧会に招聘される際に、作品を貸す、画像を提供する、保険のやりとりなどを請け負います。

美術館で展示できるというのは本当に狭き門です。ただ、チャンスは突然やってきます。その時のために、展覧会を毎回ちゃんとするというのが大事になってきます。ギャラリーに来なくても、ホームページなどでも見られています。どういう考えでやっているのか、作家や僕らギャラリーは常にジャッジされるので、日頃からちゃんと真面目にしていることがとても大切ですね。

 

Q.最近は、ギャラリーを介さずSNS等で自ら宣伝や発信をする作家さんも増えてきました。

ギャラリーとの付き合い方や距離感は作家によって様々です。年齢を重ねていくにつれて自分でいろいろとやりたくなる作家もいますので、その都度対応していきます。縛ったり、こちらからどうしろというのはないですね。


Q.やはり、最初に作品から受けた感動に絶対的な信頼とパワーがあるということですね。

そういうふうに作品を見たいと思っています。物故作家に関しても同じで、自分の中で評価するということを心がけています。美術館が良い作品だと言っていても、自分はそう思わないという場合もあります。泉茂さんについても、いいという人がすごく多かったわけでありません。実際泉さんの作品を扱い始めるときに、協力を求めて声をかけたギャラリーのほとんどが一緒にやってくれなかった。でも、自分はいいと思ったので扱っていくことにしました。

Q. 泉茂さんについて伺います。
2017年に稲葉さんが泉さんの作品の取り扱いを始めてから、泉作品への反応に変化はありましたか。

泉さんはアメリカとフランスに滞在していた時期があります。ニューヨークからパリに向かう際、ニューヨークで描いた作品を前衛美術運動〈フルクサス〉のメンバー、靉嘔さんに譲ったそうです。そしてその作品は、同じく〈フルクサス〉のジョナス・メカスさんの手に渡りました。メカスさんは泉さんの作品を大変気に入って、ずっと家に飾っていたようです。メカスさんは2019年に亡くなったのですが、2013年に「こんな作品があるんだけど」と息子さんから連絡があり、ニューヨークにあるメカスさんを扱っていたギャラリーで展覧会を開催したいということで協力しました。
それから、今年になってそのニューヨークのギャラリーが「前回の展覧会が好評だったのでまた開催したい」と連絡がありギャラリーに作品の調査に来られました。今回は関税の問題でどうなるかわかりませんが、海外のギャラリーの人たちも僕らの活動を知っているんですね。

Q. 稲葉さんが思う泉茂作品の良さはどんなところでしょうか。 

こういう作品を作れる日本人の作家はあまりいないです。泉さんは大阪市立工芸高校に通い、日本人によるバウハウス教育を受けています。ご本人も後々その授業がすごくよかったと仰っているのですが、デザインの基礎があるんです。日本人はシュールな作品は描けるんですよ。また、具体のような抽象画を描ける人もいます。
泉さんも若いころはシュールな作品を描いていました。阪神急行電鉄株式会社でグラフィック・デザイナーとして活躍しヨーロッパに渡った菅井汲さんもそうでした。菅井さんも初めは表現主義っぽい抽象画を描いていたのですが、そういう方々がヨーロッパに行って花を開いたというところがあります。

 

泉茂がパリで描いた作品 《CS5037》 
1964年 油彩、キャンバス 985×980mm courtesy of Yoshimi Arts


Q. 日本とヨーロッパの違いはどこにあるのですか。

デザインをアートに昇華するということですね。デザインを勉強していないと、描けない絵です。油絵だけを描いていた人は描けない。若いときに勉強したこと以外のことをするのは、なかなか難しいと思います。やろうと思ってもできない。
泉さんは、初めは油絵で近代絵画を描いていたのですが、どんどん変わっていくんですよね。アメリカとフランスに行っていなかったら、こういう作品にはなっていなかったと思います。泉さん菅井さん以前にも日本にこういう作家がいなかったわけではないのですが、突然変異扱いで文脈としてきちんと評価できないという日本の美術のぜい弱さがあります。日本は、ジャンルで評価しようとする傾向が強いことも関係しているのではないでしょうか。
ただ、最近は油絵だけを描いている人でも、自分でパソコンで何か作ったりデザインに触れる機会があるので、そういう意味で言うと、泉さんの時代とは違うかなと思います。

本プロジェクトの映像に使用されている泉茂の作品
(タイトル不詳) 1993年 アクリル、キャンバス  412×324mm
courtesy of Yoshimi Arts


Q. 泉さんを推薦された杉山さんのように今の20代30代の方と親和性がありそうですね。

そういう視点でYoshimi Artsとthe three konohanaが共同開催したのが「2つの時代の平面・絵画表現-泉茂と6名の現代作家展」。今の作家や現象から過去を評価するという試みの展覧会でした。
もちろん、泉さんはこれまでも評価されてきましたが、美術は長い時間の中で価値が見定められていくもの。時が経ち社会や立場が変わっても、ずっとジャッジされ続けるのが美術の面白さですよね。


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