TOCHKA / トーチカ インタビュー

弁天町ステーションアート第二弾アーティストであるナガタタケシとモンノカヅエによるユニット、トーチカ / TOCHKA。長時間露出とコマ撮りアニメの手法を融合し、空中にペンライトの光でアニメーションを描く「PiKAPiKA」やVR・ARを使った映像作品で知られる彼らに、弁天町駅周辺の高架下を舞台にした新作に込めた思いや駆使する最新テクノロジーについて話を聞いた。


Q. いつも何と名乗っていますか?

モンノ:映像作家と名乗っています。

ナガタ:アニメーション映画祭などでは、アニメーション作家としています。


Q. 学生時代からお2人で作品作りをされているのですね。


ナガタ:モンノさんとは学生時代に出会い、卒業制作に協力してもらってからの付き合いです。在学中はモンノ・ナガタ共に、現代美術家や映像作家の下でお手伝いをさせて頂いていました。以前、神戸にCAP HOUSE(現KOBE STUDIO Y3 )という場所がありました。1994年に結成された関西在住アーティストとアートに関わる人たちによるC.A.P.(特定非営利活動法人 芸術と計画会議)が運営していたプロジェクトの一つです。そこで初めて2人で「トーチカファクトリー」という名前で活動を始めました。

モンノカヅエの2000年の卒業制作作品「CATTLE MUTILATION」模型の上にドローイングの切り絵を乗せた写真作品。一部に3DCGも用いている。CAPHOUSE内のトーチカファクトリーで制作した。(画像:作者提供)
Q. ユニットとしての役割分担は決まっていますか。

モンノ:作品によって分担は異なります。
1998年から活動を始めて約25年。技術の変化に合わせて役割も変化してきました。
今回はナガタさんがUnreal Engine(アンリアルエンジン)というゲームエンジンでの編集、合成編集といった技術面を、私は撮影とアニメーションなどを担当しました。
弁天町駅の高架下で撮影されたモンノカヅエとナガタタケシ(撮影:井川 茉代)
Q. 今回の映像作品は、弁天町駅周辺が舞台なのですね。

ナガタ:弁天町駅の高架下を舞台に、密集した交通インフラをGaussian Splatting(ガウシアンスプラッティング)という3D点群技術で再構築した作品です。点の集合として空間を捉えることで、都市の歪みや記憶の痕跡までも浮かび上がらせます。そこにワークショップ参加者たちが自由に立体的な落書きを重ねました。
弁天町駅東駐輪所の夜明けEast Lot Dawn – Bentencho Station(作者提供)

Q. 高架下の風景がこんなにもかっこいい映像になるのかと驚きました。どのように作品を作っていかれたのでしょうか。

ナガタ:実験しながら作っているので、これがゴールというのは決めてはいません。まず、今回のプロジェクトは大阪メトロ弁天町駅のホームでの展示。駅のLEDモニターは、横幅約5mと大型で、ピクセル間隔が通常より広いのが特徴でした。
街中のデジタルサイネージとしては珍しくないのですが、アートや映画館での映像作品としてみると、目の前にLEDドットマトリックスがある状態つまり光点が1個1個見えるという形式が相当特殊です。制作するにあたって、その辺りをどう捉えて形にしようかなと思案しました。
また、弁天町で展示するということで、「今、弁天町ってこんなところだよ」というのを私たちなりのフィルターで見せられたらと考えました。


Q. お二人からみて弁天町はどんな場所ですか。

モンノ:弁天町駅周辺は、地形がかなり面白いです。ここに来る前からグーグルマップでロケハンをしていたのですが、実際に来てみるとさらに「なんだ、この駅は!」と思いました(笑)。高速道路と国道、その下に地下道があって、大阪メトロも地下鉄なのに地上で高速と並走しているのがとても珍しい。さらに、歩道橋が高速とメトロの下を通っています。そのうえJRもクロスしていて、「何個あんねん!」と。幾重にもレイヤーが重なった複雑な構造がすごくて、高架下を舞台にして作ると面白いのではないかと考えました。

また、弁天町は高層ビルが建つなど綺麗に整備されている部分と、混沌とした部分が共存しているのも興味深いですね。町自体も裏道に入って行くと面白い店があったり、波除(なみよけ)という地名からもわかるように海の町でもあったりする、様々な要素が交錯する場所だと思います。

ロケハン時に撮影した弁天町高架下。地下道、国道、駐輪場、メトロ、JR環状線、高速道路と様々な機能がレイヤーとして重なっている。
Q. 場所への興味から作品作りが始まったのですね。

モンノ:私たちは常々、インスタレーションともいえるような、場所にひも付いた映像作品を作っています。その場所にある軌跡のようなものを残したいと考えています。

Q. 制作に使われたGaussian splattingについて教えてください。

ナガタ:新しく開発・開拓されている分野に注目して作品を制作しています。Gaussian splattingは3D点群技術。スプラットは散らばっているという意味で、ガウスはガウス関数を用いたぼかし効果のことです。ぼかし方にも種類があるのですが、ガウスぼかしは点の周りをぼやっとさせるんです。ぼかした部分はラグビーボールみたいな形をしていて、細長かったり、球体だったり、大小様々な大きさで1つ1つが空中に浮いています。多角形を重ねて3Dのキャラクター等を作るポリゴンとは違い、空間に浮いている「点」でできています。点描のような感じで絵画的です。

今回の作品はGaussian splattingと3DゲームエンジンUnreal Engineを組み合わせて作った仮想空間(VR)の中でカメラを動かしています。


Q. 弁天町の高架下を実際にカメラで撮影し、それを基にGaussian splattingで仮想空間(VR)を作る。そのVRの中をもう一度撮影している作品ということですね。

ナガタ:そうです。VRの中にステージを作って、カメラとアニメーションを置いていきます。アニメーションもVR上で絵を描いて作ります。ゲームの中で絵を描く感覚ですね。


視点を変えることができるのもGaussian splattingの特徴です。機械学習で実際には撮影していない角度からの画像も、予測でぼやっと映っています。今回の作品でいうと、高架下にある柱の裏側に回り込んでいる場面があるのですが、ぼんやりとしか見えていません。実際には回り込んで撮っていないということです。
Unreal Engineで表示した弁天町高架下のGaussian splat点群。撮影していない角度からみるとぼやけている(作者提供)



モンノ:Gaussian splattingは空間を見せるのに適しているので、建築系の方が空間の再現に使ったり、VR上でギャラリーの展示シミュレーションをするのに使っている方もお見かけします。

ナガタ:少し前までは、ボリュメトリックビデオが注目されていました。複数のカメラで同時に撮影した映像から空間全体を3Dデータ化する技術で、ある点がこのカメラから見てどのぐらいの奥行きにあるかというデプス情報を利用します。

今後は、さらにその一歩先に進み、「視聴者が自由に決めるカメラの視点で見ることができる。」映像体験が出てくると思います。私たちは、その技術を使って映像作品や芸術作品を作る実験をしているところです。

モンノ:今はまだ研究段階で主流ではないのですが、今後おそらく技術のチェンジがあるだろうと予想をして私たちは動いています。


Q. 高架下での撮影はどんなカメラを使われたのでしょうか。

ナガタ:360度カメラを使って撮影しています。私たちは4〜5年前から360度カメラを作品づくりに取り入れているのですが、実は360度のカメラとの付き合いは長く、20年ぐらいになります。まだ市販の360度カメラがなかった頃に、一眼レフデジタルカメラと魚眼レンズを使って撮っていました。新しい機材が登場するたびに、いろいろ試しています。

写真の解説:2017年に作成した360度を長時間露光撮影するための固定装置(作者提供)


モンノ:Gaussian splatting では360度カメラで複数の視点から撮った画像をつないでいきます。現実世界は360度上下左右に広がっていますから、いくつもの画像を元に機械学習(トレーニング)させてVRの3D空間を作っていきます。

Q. 作品に出てくる立体的な落書きについて教えてください。

モンノ:VPSという技術を使っています。VPSはビジュアルポジショニングシステムといって自動運転などに使うもので、看板や道など見えている景色で位置情報を認識するというシステムです。VPSでは、弁天町の駅のようにレイヤーが重なっていると、トンネルの中と同様に誤作動が起き、どこにいるかわからない状態になることがあります。

ナガタ:私たちはVPSを使って絵を描くウェブアプリを作りました。WEBブラウザで誰でもアクセスできるARグラフィティアプリ「STREET WRITER」です。今回の作品に登場する落書きの一部は「STREET WRITER」を使ってワークショップに参加してくれた大学生たちにVR上で描いてもらいました。

Q. どんなアプリなのでしょうか。

モンノ: アプリを開き、今いる空間のビジュアルをスマホのカメラで読み取ると自分の位置情報が送られてきて、そこに対して絵を描くというものです。AR(拡張現実)上でVR(仮想現実)をするようなイメージです。自分で絵を描くのはもちろん、ほかの人の絵に描き足すこともできます。



Q. 誰かに消される場合もあるというのが現実の落書きに似ていますね。

モンノ:周りの人から見ると何をしているのか分からないけれど、公共の場所で、いたずらのようなことができるという試みが「STREET WRITER」です。
ライトペインティング「PiKAPiKA」もそうですが、元々私たちの活動はグラフィティ(落書き)に近く、監視の目をくぐるような意味が少しあります。現実世界で公共の壁にグラフィティを描いたら犯罪になりますが、『どうやって人間の落書きのようなものを残すか』という活動をずっと行っています。


Q. ぜひ、Gaussian splatting やVPSといった最新技術にも注目して映像をみていただきたいですね。技術の次は作品のテーマについて伺います。

モンノ:この作品にはSNSなどで常時監視されている、生きづらい世界からエスケープしたいというコンセプトがあります。
今、シミュレーション仮説にハマっています。これは哲学者や科学者の間で論じられている『人間はみんなプログラムされていて、この世界はすべてシミュレーションできている』という映画「マトリックス」のような考え方。それをベースに物事を考えるようにしているんです。というのが、ナガタさんは大学でCGの基礎などを教えていて、私もCGに触れたり学んだりする機会が多いのですが、その中で人間の行動や目に見えている世界が、全てCGで表現できてしまうことに気づいてしまいました。そこから解き放たれたいという静かな抵抗です。
また、AIが経済的にも産業的にも主流になってきた中で、アーティストがどうやって新しいもの=AIと折り合いをつけていくのだろうというのもテーマです。私たちは制作を始めた頃からずっと、人間の作る喜びや人間が表現することって何だろう?と考えています。掘り起こしてみると、原始時代に洞窟に壁画を描いたように、描くこと自体が人間の活動と親和性がとても高いのではないかと考えるようになりました。

Q. 人間にとって描くことと生きることが切り離せないと考えていらっしゃるのですね。

モンノ:洞窟の中で落書きをしている人たちから文明がスタートしたとすると、おそらく人間はどうやって生きていても落書きをし続けるのではないでしょうか。人間は描くことを絶対にやめないし、道具がiPadに変わったとしても、手で描いたりペンで描いたりするはずです。そういった根本的な欲求のようなものをテクノロジーで吐き出せたら、というのが根本にあります。


TRACK(2015)より。(作者提供)

Q. トーチカさんの作品は最新のテクノロジーと人間のあたたかみが同居しているところに魅力を感じます。

モンノ:私たちの作品は、遊びの中でアクシデントが起きることを期待している活動なんです。昔の作品、『PiKAPiKA』にしても、今の作品にしても、みんなに遊びながら自由に落書きを楽しんでもらいたいという思いです。

2024年の8月24日(土) 、 8月25日(日)下北沢の「下北線路街」のいちエリアBONUS TRACKでのワークショップの様子

Q. 遊びながら落書きを楽しむ。お子さんから年配の方まで誰でもできることですね。

モンノ:AIを使ったアートやアーティストと呼ばれることに対しての嫌悪感というのでしょうか、テクノロジーにしても落書きにしても特定の人だけの特権になるのが嫌なんです。表現自体がみんなにとって自由であってほしい、誰にでも表現する権利があり、またそれは人間の欲求でもあると思います。
ワークショップを開催すると、よく「私、絵が描けないんです」という方がいらっしゃいます。それは教育の中で、上手い下手やこれはダメこれがいいということを勝手に決められてきたからではないでしょうか。描くことや楽しむことを忘れているのではないかと思うんです。もっと自由に、落書きをしてほしいし表現してほしい。世知辛い世の中にそういう場を作りたいという思いが活動の根本にあります。


TOCHKA / トーチカ

【個展】
2023年 「星の王子さまをさがして〜ARで楽しむ体験型美術展」東大阪市民美術センター/日本
2020年 「TOCHKA PLAYGROUND 2.0」山形県東根市/日本
2017年 「TOCHKA PLAYGROUND」山形県東根市/日本
2015年 「ヒカリアソビ」黒部市美術館/富山、日本
2012年 「TOCHKA展」川崎市市民ミュージアム/神奈川、日本
2011年 「ReBuild」熊本市現代美術館、熊本、日本
2008年 「TOCHKAスーパーリビング - PiKA PiKA in 山形」Ruupa/山形、日本




【グループ展】
2025年 「Street Writer at Expo2025 Osaka ALL NARA」/大阪、日本
2024年 「Street Writer at 新千歳空港国際アニメーション映画祭」/北海道、日本
2023年 「NEW CHITOSE ARport WALK」XR展/北海道、日本
2023年 「Creative Garden Kyoto」XR展/京都、日本
2022年 「Leaving Earth」ホテルアンテルーム京都/日本
2019年 「Festival tweetakt 2019」ユトレヒト、オランダ
2018–2019年 「Amsterdam Light Festival 2018/19」アムステルダム オランダ
2017年 「光・電気・神:雷と芸術」群馬県立館林美術館/日本
2016年 「六甲ミーツ・アート」六甲ガーデンテラス/神戸、日本
2015年 「おおいたトイレンナーレ2015」若草公園/大分、日本
2013年 「DAYDREAMS」高松市美術館/香川、日本
2012年 「メディア芸術クリエイター育成支援事業」国立新美術館/東京、日本
2012年 「アーティストと震災/記録と進行中の記録」水戸芸術館 現代美術センター/茨城、日本
2011年 「日本メディア芸術祭 in 宮崎」宮崎アートセンター/宮崎、日本
2011年 「札幌国際芸術祭 プレイベント」北海道立近代美術館/札幌、日本
2010年 「あいちトリエンナーレ2010『都市の祝祭』」長者町会場/愛知、日本
2010年 「日本メディア芸術祭 in 京都 - パラレルワールド京都」京都芸術センター/京都、日本
2009年 「UNIQLO JAPAN EXHIBITION : See the New Japan」世界経済フォーラム2009/ダボス、スイス(フランス・中国・日本でも展示)
2009年 「あいちトリエンナーレ2010プレイベント:長者町プロジェクト2009」/愛知、日本
2008年 「第11回文化庁メディア芸術祭」国立新美術館/東京、日本
2008年 「KITA!!:日本のアーティスト、インドネシアへ」セラサル・スナリョ・アートスペース/バンドン、インドネシア
2008年 「赤坂アートフラワー08」旧島崎料亭/東京、日本
2006年 「第10回文化庁メディア芸術祭」東京都写真美術館/東京、日本


【受賞歴】
2020年 「Onoe Caponoe The message」ZED Fest film festival2020 グランプリ
2020年 「Onoe Caponoe The message"」金賞 London X4 seasonal short film festival 2020
2018年 「京都市芸術新人賞」
2016年 「TRACK」オランダ・アニメーション映画祭 グランプリ受賞
2015年 「TRACK」キプロス・アニマフェスト グランプリ受賞
2010年 「UNIQLO CALENDAR」カンヌライオンズ サイバー部門ロータス ブロンズ(撮影監督として参加)
2009年 「OGRE YOU ASSHOLE pinhole」:文化庁メディア芸術祭エンターテインメント部門 審査員推薦作品
2008年 「PIKA PIKA Lightning Doodle Project」クレルモン=フェラン国際短編映画祭Labコンペ グランプリ
2008年 「PiKA PiKA×So-netプロジェクト」ADFEST サイバー部門ロータス シルバー
2008年 「PiKA PiKA×So-netプロジェクト」YouTube Video Awards Japan 2008
2007年 「PiKA PiKA 2007」文化庁メディア芸術祭アニメーション部門 審査員推薦作品
2006年 「PIKA PIKA Lightning Doodle Project」文化庁メディア芸術祭アニメーション部門 優秀賞
2006年 「PIKA PIKA Lightning Doodle Project」オタワ国際アニメーション映画祭 入選