藤本 達也 インタビュー

弁天町ステーションアート第5弾アーティストのTatsuya Fujimoto。実験映像・実験映画を軸に作品制作を行い、ライブビジュアルやインスタレーション、ミュージックビデオ、ショートフィルムなど、多様な映像表現に取り組んでいる。国内外のアーティストとのコラボレーションも行う。今回は大阪市内の事務所にて、映像表現に興味を抱いた学生時代から今の作風に至る過程や弁天町で発表する作品について話を聞いた。


Q. いつも何と名乗っていますか?

映像作家です。

Tatsuya Fujimoto(撮影:井川茉代)

Q. 映像制作を始めたきっかけを教えてください。

親の影響で中学生の頃から映画が好きでした。商業的な映画しか知らなかったので、そういうものを作りたいと思い、ビジュアルアーツ専門学校の放送・映画学科に入学しました。

2年生になると、ドキュメンタリー、番組、映画などのゼミに分かれるのですが、僕は高嶺剛監督の実験映画ゼミを選択しました。

高嶺先生に出会って、商業映画だけが映画じゃないんや!と、これまでの概念が全て覆されました。実験映画は商業映画と違って物語に依存しない見せ方をしたり、イメージや感覚を重視します。作品の意味や捉え方は見る人に委ねられていることに衝撃を受けました。

Q. 運命的な出会いだったのですね。

高嶺先生の存在が大きすぎます。入り口を見つけたというか、先生がいなければ今のような表現や作風に行き着いていないと思います。
高嶺ゼミで学んだカメラで撮って編集する基本的な制作スタイルは今も一切変わっていません。変わったとすれば機材ぐらいです。

 

Q. 高嶺先生から具体的にどんな影響を受けましたか。

高嶺先生から受けた影響として大きいのは、ものの見方や対象との距離感です。 高嶺ゼミでは、実際に対象に近づいて撮影することもありました。対象をただ全体として見るのではなく、極端に近づいて観察することで、普段は見過ごしている質感や動き、光の変化が見えてくる。その経験が、今の自分の作品にもつながっていると思います。 広い視野で見る美しさもありますが、僕は小さな対象の中にも、さまざまな美しい世界や、見るべき視点があると感じています。そうした「小さな世界を凝視する感覚」は、高嶺先生から受けた大きな影響のひとつです。



Q. 実写を貫いておられます。AIやCGで作られた映像について思うことはありますか。

自分の作品においては、やはり実写の生っぽさを大事にしたいです。CGやAI を作品に用いると、自分がこれまで大事にしてきたものから離れてしまう感覚があります。自分の中の核みたいなものが実写なので、そこは絶対に曲げたくないですね。
高嶺先生がすごいのは沖縄を舞台に土地の文化を背景にした難解で実験的な映像表現を徹底して追求されていること。自身の世界観を曲げず、作品を作り続けている姿勢が本当にかっこよくて、尊敬しています。絶対に曲げられない表現の核となる世界観を持つ。自分もそうありたい気持ちが強いです。




Q. 実写でありながら、Fujimotoさんの作品には非現実感が漂います。プロフィールにある「普遍的な感覚への違和感」とは、具体的にはどのような感覚ですか。

人と同じということに安心してしまうことや、目の前に見えている正義や価値観が正しいと思ってしまうことへの違和感が昔からありました。僕は、目に見えるものが本物なのか幻想に過ぎないのか、それを問うような作品を作りたいと思っています。

 

Q. モノクロの作品にこだわっていらっしゃるのでしょうか。

カラーもありますが、白黒の作品が多いですね。映像のおもしろさは、撮影方法や編集を工夫すると、非現実なものに生まれ変わるところにあります。モノクロにすることで、色の情報がなくなり、質感や形、光の動きがより強く見えてくる感覚があります。現実をいかに非現実に変えるかということを意識しているので、その表現方法のひとつとして、モノクロの作品が多くなっているのだと思います。



Q. 弁天町の作品について教えてください。

「Utakata」と「Metamorphosis」という作品です。「Utakata」は泡、「Metamorphosis」は棘をモチーフにしています。
棘はカラタチという植物で、初めて現場を見に行った時に、ホーム一面をカラタチにしたいというイメージが湧きました。反対側のホームは、カラタチの刺々しいイメージと対照的に泡の作品にしました。泡はしばらくすると消えていくものですが、この泡は上に行ったり下に行ったり通常ありえない動きをしています。ちょっと特殊な液体を使っているんです。

Q. どんなふうに撮影されているのですか。

撮影方法に関しては、あまり公にはしていません。言ってしまうと、見る人が固定観念に囚われてしまう気がするので。どう撮っているかよりも、まずは映像そのものを見てもらいたいと思っています。

 

Q. でも、つい気になってしまいます(笑)。

その感覚って、すごくいいというか、人によってどう見えるかは違うじゃないですか。ある人は泡に見えるけど、泡じゃないと思う人もいる。見る人の感覚に委ねることを大事にしたいと思っています。



Q. わからないから興味を惹かれるというのもありますね。

わからなくても、「なんかよくわからへんけど、すごいな」とか「綺麗やな」でいいと思っています。  僕自身も、作品を見た時にすべてを言葉で理解する必要はないと思っていて、むしろ言葉にできない感覚が残ることの方がおもしろいなと感じます。  何を見ているのかわからないけど、ずっと見てしまうとか、少し不思議な気持ちになるとか。そういう感覚が生まれたら嬉しいです。意味を説明するというより、映像そのものの質感や動きから、何か引っかかるものを感じてもらえたらと思っています。



Q. 駅のホームでの展示について思うことはありますか。

駅というのは、帰る人と旅立つ人がいて、いろんな人生が交差する場所だと思うんです。人々は束の間、ひしめき合って、泡沫のように消えていく。日々時代は変化し、絶えず人々は変容していきますが、駅という場所は変わらずそこにある。「Utakata」と「Metamorphosis」の二作品は、変容する姿と変わらない場所の対比のようなイメージで制作しました。

ただ、それはあくまでコンセプトなので、見た人が自由に感じてもらえればと思っています。ホームを通り過ぎるほんの短い時間に目に入ることが多いでしょうから、カラタチや泡のビジュアルが違う何かに見える場合もあると思います。そこは、見ている人の感覚に委ねたいという気持ちがありますね。

ここまで横に広がる映像を見る機会はなかなかないと思います。電車が通過する時やそれぞれのホームからの視点などいろんな見え方があるので、そこにも注目してほしいです。

 

Q. 制作にあたって、苦労されたことはありますか。

モチーフはスムーズに決まりましたが、編集に行き詰まり、試行錯誤していました。そこで、もう一度現場に行ってみることにしたんです。初めて弁天町駅を見に行ったのは昼間だったのですが、今度は夜に行きました。その時、弁天町駅の夜の光景がとても綺麗ですごくいいなと思ったんですよね。

当初はイメージを複雑にして映像に変化をつける想定だったのですが、夜の弁天町駅を見て、シンプルでいいと気付きました。もし昼間の弁天町駅しか見ていなかったら違う感じの作品になっていたかもしれません。


Q. 弁天町駅の夜の姿にも注目してみようと思います。今回のカラタチもそうですが、fujimotoさんは花や植物を撮影されることが多いですか。

そうですね。10年ぐらい前に、花を撮るきっかけになった出来事がありました。花を撮ろうと思い立ち、普通に撮ってはおもしろくないということで、ある方法を使って花を撮影したところ、花が生きているように動いたんですよね。



Q. 花が動いた!?

定点カメラでの撮影ですが、本当に花が生きているように見えるんです。これはおもしろい!と思いました。そこからずっと花を撮っています。
花は、造形的に最も美しいものだと思います。花びらのテクスチャーの美しさに心惹かれます。枯れてなお美しい。妻がフローリストをしている影響も大きいですね。「これ撮ったら?」と提案してくれることもあります。



Q. 美しさにこだわっていらっしゃいますか。

こだわっています。造形美や花のディテールなどを美しく見せるように心がけています。学生時代は表現がまだ荒削りだったこともあって、奇抜なものや、少しドロドロした雰囲気の作品をかっこいいと思って作っていました。花に魅了されたというか、花を撮り出してからのほうが、美しさへの意識は強くなりましたね。

Q. ライブビジュアルはどんなお仕事ですか。

アーティストのライブ全編に即興でビジュアルをつけることをライブビジュアルと言います。アーティストの背景の映像を会場の雰囲気や音楽に合わせて即興的に変えていきます。
僕のライブビジュアルは異なるモチーフを重ね合わせることで、ひとつのイメージを構成しています。日々制作している映像素材を使って、例えばユリとバラを重ねて、新しい花や植物を創造するようなイメージのビジュアルを作ったり、ユリの中に鉄のテクスチャーを合成したりします。

2019年 「WOS Festival」サンティアゴ・デ・コンポステーラ・スペイン
Live Visuals for HELM


Q. アーティストの思想や物語を体現する重要な役割ですね。

僕にとっての理想の形は、アイスランドのMagnús Jóhann(マグヌス・ヨハン)というアーティストとコラボした時のように、繋がりのある世界観を作ること。最初の依頼はアルバムのジャケット、次にミュージックビデオを作り、その次にライブビジュアルを担当したんです。アルバム、MV、ライブで一つの世界観が作れたのがとても良い経験でした。

 

 

2022年 「Iceland Airwaves」FRÍKIRKJAN / レイキャビク・アイスランド
Live Visuals for Magnús Jóhann

Q. 音楽と映像の関係をどんな風に感じてらっしゃいますか。

音楽が映像を超えてはいけないし、映像が音楽を超えてもいけないという、絶妙なバランスを構成することが大事だと思います。音楽からインスピレーションが生まれることも多いので、関係性はかなり密接です。



Q. これからやってみたいことはありますか。

もうすぐ事務所の引っ越しをします。部屋の構造的にイベントができそうなので、新しい事務所でライブやインスタレーション、作品上映などに挑戦したいと思っています。

 


藤本 達也 Tatsuya Fujimoto

1989年兵庫県生まれ。
実験映画をルーツに、MVやショートフィルム、インスタレーション、国内外アーティストのライブビジュアルなどを手がける。「普遍的」な感覚への違和感、反発などを独自の目線で映し出した作品を展開している。

【ライブビジュアル】

2022年 「IKLECTIK」IKLECTIK London / ロンドン・イギリス
Live Visuals for HELM

2022年 「Iceland Airwaves」FRÍKIRKJAN / レイキャビク・アイスランド
Live Visuals for Magnús Jóhann

2022年「Dais Records 15th anniversary party」THE BELASCO / ロサンゼルス・アメリカ
Live Visuals for HELM

2022年「Conflux Festival」ロッテルダム・オランダ
Live Visuals for HELM

2020年 「ICA London」Institute of Contemporary Arts / ロンドン・イギリス
Live Visuals for HELM

2019年 「WOS Festival」サンティアゴ・デ・コンポステーラ・スペイン
Live Visuals for HELM

2018年 「MUTEK JP」日本科学未来館 / 東京
Live Visuals for Ryo Murakami

2016年 「第60回 ヴェネチア・ビエンナーレ国際現代音楽祭」Teatro alle Tese - La Biennale di Venezia / ヴェネチア・イタリア
Live Visuals for Ryo Murakami

2016年 「Bozar Electronic Arts Festival」Centre for Fine Arts / ブリュッセル・ベルギー
Live Visuals for Ryo Murakami

2015年 「Berlin Atonal」Kraftwerk Berlin / ベルリン・ドイツ
Live Visuals for Ryo Murakami

2013年 「SonarSound Tokyo」新木場 ageHa / 東京
Live Visuals for Eadonmm

【個展】

2019年 「immortal」ANDY R gallery / メルボルン・オーストラリア

【グループ展】

2025年 「Spectral Drift」M. K. チュルリョーニス国立美術館 / リトアニア

2025年 「不在」The Terminal KYOTO / 京都

2022年 「LIMINAL」SACS / 東京

【映像展示・プロジェクトなど】

2025年 「{te}che Festival 2025」FINALBORGO / フィナーレリグレ・イタリア

2020年 「hum POP UP STORE」DOVER STREET MARKET GINZA / 東京

2017年「HANKYU MODE × ARTIST COLLABORATION」阪急百貨店 / 大阪

2014年 「piece of nine ~観る歌、触れる音楽、魅る映像~」兵庫県立美術館 / 兵庫