前谷 康太郎 インタビュー

弁天町ステーションアート第5弾アーティストの前谷康太郎。太陽光をはじめとする様々な自然光をサンプリングし再構成したビデオ・インスタレーションと写真作品を発表している。今回は自然豊かな和歌山のアトリエで、作品やその源となる哲学について話を聞いた。


Q. いつも何と名乗っていますか?

ビデオアーティストですね。ビデオというメディアや映像とは何かということについて考えたり言及するのが多いので。ビル・ヴィオラとかを前にすると、恐れ多いですけど。

和歌山のアトリエ近くで撮影された前谷康太郎(撮影:井川茉代)


Q. 2025年秋に名古屋のJingu339で展示された“The Sea“について聞かせてください。

海の水面に反射する太陽光を撮影した映像から1ピクセルをピックアップしたビデオインスタレーションです。普段、入力として視覚には入ってきているものの、意識されないミニマムな光の強弱と色彩の変化を拡大・現象化しています。

 

Q. 不規則な光の瞬きと波の音が心地良いです。

私たちが潜在意識で知覚しているような光を、意識のレベルにまで引き上げるような感覚です。これによって、通常は固く閉ざされている深い記憶や意識が蘇るのではと思っています。波の音は、夜中に海へ行ってレコーダーで収録しました。Jingu339では1階に元ネタの映像を展示し、2階に上がると真っ暗な部屋があって、1ピクセルの情報を使ったインスタレーションを体験するという形で鑑賞してもらいました。

 

The Sea (2025)
video installation, 6min loop, size variable
dark room, dark box, LCD monitor, semitransparent panel, fog machine, speaker, Mac mini, audio interface
installation view at Jingu339 (Aichi)

The Sea (2025)
video installation, 6min loop, size variable
dark room, dark box, LCD monitor, semitransparent panel, fog machine, speaker, Mac mini, audio interface
installation view at Jingu339 (Aichi)


Q. 映像ではなく現象を作ることを目指されているのですね。

映像だと思われたくないという気持ちが最初からありました。映像は、見る人は「映像だ!」と思って見ますよね。モニターやプロジェクターなどの映像デバイスが意識された瞬間から、「映像を見る」構えでしか見られなくなる。それを慎重に避けている感じはあります。その手前の、油断している無防備な状態に入りこみたいんです。脳内の深いところにアクセスできればできるほど、より強いリアリティーを引き起こすんじゃないかと思っています。

フィルムの映像は明瞭度に欠ける分、想像力で補完するプロセスが介入します。その分、意識の深い部分で見ているような気がします。「心で見る」とでも言うのでしょうか。

一方、4K, 8Kのように解像度が上がってくると「目だけで」見ているような感じがします。目の表層部分、眼球そのものに近づいていっています。


Q. 仏教学者でいらっしゃるお父様の影響を感じることはありますか。

あると思います。作品全般に通底している唯識思想は仏教の考え方です。
唯識というのは、私たちが「見ている」と感じている世界は、私たち自身の認識構造によって形式づけられた世界であり「世界は私たちの心が生み出したものに過ぎない」とする考え方です。量子力学の、観察者効果にも似ていますよね。

 

Q. 東京外国語大学をご卒業されています。アーティストとしては珍しい経歴ではないでしょうか。

高校卒業後は美大に行きたかったのですが、父親から「美大は後で行ったらええから、行けるんやったらとりあえず外語大に行ったらどうや?」と提案されたのがきっかけです。元々言語にも興味があったので、それもアリかと深く考えずに受験しました。



Q. 言語のどんなところにおもしろさを感じますか。

外語大時代、父親に彼の専門であるサンスクリット語を教えてもらいました。サンスクリット語やラテン語といった古代言語は、音素(*)単位で意味を持つので、単語一つの成り立ちを分析するだけで、その単語が指し示す概念を古代の人がどう捉えていたかわかる。そういうところが面白いと思っています。

*音素-「あ」「い」「う」や「k」「s」など、言語を構成する最小の音。一般的には、それ自体に意味はないとされている。


Q. 言語を学んだことは映像作品作りにも活かされていますか。

言語学を学ぶ中で出会ったベラ・バラージュ(映画理論家)の書籍に、映像と言語の構造が似ていることが指摘されていて、そこで思ったんです。言語を形成する最小単位が音素なら、映像を構成する最小単位は「単一の色彩と明度の変化を伴った光の粒」だと。で、その最小単位の特性だけを利用して成立している表現を見た事がなかったから、やってみる価値はあるなと思ったのがスタートでした。素材に太陽光や炎の光などを用いるのは、言語における母音(日本語では「あいうえお」)のように、人類にとってよりプリミティブな光を用いるべきだと思ったからです。



Q. 故郷である和歌山は作品に影響を及ぼしていますか。

和歌山だからというよりは自然が豊かだからですね。都会に居たら、たぶん僕は全く作品を作れないと思います。都会で起こるほとんど全てのことは、人工的なプログラムの産物でしかないじゃないですか。それが、田舎では車で少し走るだけで予想を超えた綺麗な景色に一回は必ず出会える。田舎であればあるほど有機的な入力情報があります。昨日も、朝霧がすごく綺麗でした。急に霧が濃くなってきて、光が幻想的で。都会に住んでいると、そんな光景が見られるなんてなかなかないですよね。

週5で通っている職場の関西大学も高槻市の山の上にあって、自然に囲まれているのが気に入ってしまってもう約15年、なかなか離れられずにいます。自然に囲まれた環境での早朝の時間が、自分にとってのクリエイティブタイムです。起きてすぐの半分夢のような状態は、普段閉ざされている無意識の領域へのアクセスを容易にします。

Road Movies -Twilight-, video, duration variable (2015)
Road Movies -Night-, video, duration variable (2015)
Installation view at Gallery PARC (Kyoto)

Q. 駅のホームでの展示について思うことはありますか。

首都高沿いのデジタルサイネージのように、その前を多くの人が通過していく屋外メディアで「Road Movies」が流れることは長年の夢でもあったので、今回依頼をいただいてとても嬉しかったです。

Q. 直線的な映像とホームでの電車の動きがリンクしますね。

電車の進む方向と、映像の進む方向が垂直に交わる感じです。横長の大画面なので、車で走っている時のパノラミックな視覚により近く、作品と化学結合するのではと期待しています。



Q. 前谷さんの作品はとても美しいですが、美しいものを作ろうと意識されていますか。それとも作るうちに美しくなっていくのでしょうか。

アーティストとしてではなく性格なのですが、快楽主義なんですよ(笑)。
美しさ = 気持ちよさ だと思っています。撮影したまま操作せずに出すと、ノイジーな映像もあるのですが、やっぱり綺麗に残したいという思いがあります。だから、僕の作品はデザインしたように見え、実写でないと思われがちです。一見シンセサイズできそうだけど、これを全部生成してしまうというのは、僕のやりたいことではありません。ゆらぎや無限に広がる感じは実写のサンプリングならではだと思います。



Q. 「気持ちよさ」が美しい作品を作っているのですね。

みんなで気持ちよくなりたい(笑)。個人的には自分が作るものはそうでありたいし、人が作るものもカッコイイやん!とか気持ちいいやん!が見たいです。
気持ちよさだけでなく、「なんやこれ」という驚きも芸術作品の重要な要素ですし、恐怖でもいいかもしれません。そういったプリミティブな感覚のどれか(もしくはいくつか)のトリガーになることが作品として重要だと思っています。




前谷 康太郎 Exhibition

Translations

京都市東山区元町368

Open: 4.18 Sat.–5.17 Sun.

Closed: Mon.

11:00 - 18:00

入場無料 | Free

 

私がこのシリーズの制作を始めたのは、仕事が多忙になり、車での移動中にしか作品に費やす時間がなくなった3年前からである。その頃住んでいた丹波篠山から職場のある高槻まで、片道 70km、スムーズに走っても90分の道のりであった。そのため日の出前から走り始めることも多く、刻々と変化する太陽光の色彩と田園風景の美しいスペクタクルの中を日々移動していた。その頃の私にとって、その時間だけが、過去の作品で扱ってきた光と再会できるような、心躍る時間だった。

 真冬のある日、日の出前の空の色づき(After Glow ならぬ Before Glow である)を見ようと、見晴らしの良いところに車を停めていた。黒い車体の光沢面を、オレンジ~藍色のグラデーションが幾本もの川のようになぞっていく。色づく空と、それを反射する金属の光沢面以外は漆黒の闇である。闇がこの二つの空間をつないでいるような錯覚に陥る。物理的に隔てられた二つの空間という、次元を超越して輝く色彩。触ることのできない空の光が、冷たい金属の2次元曲面の中に生捕りにされる。車に積んでいたマクロレンズで、この反射光を撮影したのが「Flatland」シリーズの一枚目である。車のボディーという二次元曲面に凝縮された、言語化不能な世界に与えられる一つの翻訳であり、私が対峙した越境感覚の記録である。

 


前谷 康太郎 Kotaro Maetani

1984年、和歌山県生まれ。心には、「目」という穴を通過した光が差し込んでいる。「映像」と呼ばれるものは通常、「認識」されたものである。2008年以降、ビデオによる自然光のサンプリングを通して「認識の外側」にある光を探求している。

前谷 康太郎

1984 和歌山県生まれ
2008 東京外国語大学 外国語学部 卒業
2014 京都市立芸術大学 構想設計 修士課程修了

【SOLO EXHIBITIONS】
2025 <Faster Than We See> | Jingu339(名古屋)
2024 <Translations> | Yu Harada(東京)
2015 <World In Motion> | Gallery PARC(京都)
2014 <Elements of the sky> | 星画廊(愛知)
2013 <further/nearer> | ICC,エマージェンシーズ!(東京) 
2013 <samsara> | 應典院(大阪)
2012 <distance> | 梅香堂(大阪)
2012 <ALA現代の表現 前期 前谷康太郎展> | アートラボあいち(愛知)
2012 <parallel> | CAS(大阪)
2011 <(non)existence> | 梅香堂(大阪)
2010 <things once existed there> | 此花メヂア(大阪)

【GROUP EXHIBITIONS】
2024 <Flatland> | Art Council 2024 | Automobile Council 2024 | 幕張メッセ(千葉)
2021 <ワーケーションリゾート備中矢掛> | 岡山県小田郡矢掛町(岡山)
2021 Kyoto Art fot Tomorrow -京都府新鋭選抜展- 2021 | 京都文化博物館(京都)
2016 <この世界の在り方 思考/芸術> | 芦屋市立美術博物館(兵庫)
2015 <光について> | 和歌山県立近代美術館(和歌山)
2015 Kama City Residency Biennale | 織田廣喜美術館(福岡) | PIP(デン・ハーグ)
2015 光路 | SAI Gallery(大阪)
2014 Vanishing Point | Gallery PARC(京都)
2014 ARTOSAKA | Hotel Granvia(大阪)
2014 Future Tense | Yoshiaki Inoue Gallery(大阪)
2013 Art Court Frontier 2013 | Art Court Gallery(大阪)
2012 Hanarart2012 | 大和郡山市、旧川本邸(奈良)
2012 Woodland Gallery 2012 | 美濃加茂文化の森(岐阜)
2012 Spring – Daily Life | 梅香堂(大阪)
2011 media connection vol.2 | 此花メヂア(大阪)

【SCREENINGS】
2015 MOVING 2015 | Kyoto Cinema(京都)
2008 ヤングパースペクティブ2008 | イメージフォーラム(東京)

【RESIDENCIES AND RESEARCH PROGRAMS】
2017 関西・大阪21世紀協会 岩井コスモ証券ASK支援寄金(アムステルダム, デン・ハーグ)
2015 Kama City Residency Biennale(福岡)

【AWARDS】
2020 NONIO ART WAVE AWARD 2020 写真部門 グランプリ
2020 Mellow Art Award 2020 ノミネート
2014 京都市長賞 | 京都市立芸術大学 修了制作展
2008 ヤングパースペクティブ 2008 ノミネート